ラベル ボリビア の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ボリビア の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2011年1月20日木曜日

スクレ

ポトシに次いで訪れたのは、スクレ。
スクレは、ボリビアの憲法上の首都です。
実際の行政機関は、今ではほとんどがラパスにありますが、
ここ、スクレには、最高裁判所があります。

そのためか、町にも「Abogado」(弁護士)の看板を掲げたビルがやたらに目につきます。

そして、スクレは、白い建物の輝く街。
当時のスペイン人が建設し、生活し、スクレからポトシの銀を管理していたというので、
町は、ヨーロッパ調。


最高裁判所ももちろん白壁。

スクレは、標高が若干低く、2800m。
町歩きをするのが楽しいかわいらしい町。
ここは、ボリビアの中でも趣がスペインを思わせるところでした。

ちなみに、スクレという名前は、
スペイン支配下にあった当時、
各地で独立運動を指導していたシモン・ボリバルの右腕であった
アントニオ・ホセ・デ・スクレ将軍が、現ボリビアの解放に成功。

1825年8月6日独立宣言が読み上げられた場所として、
この地を、スクレ将軍の名にちなんで、「スクレ」という町にしたそうです。

この町は、4つの名前があります。
それまでは、スペイン人には近くの銀山にちなみ「La Plata」と呼ばれ、
その後、「Chuquisaca」と名前を変え、そして、「Sucre」へ。
もうひとつ、町の姿を反映して、「Ciudad Blanca」とも呼ばれています。

今は、Chuquisaca県Sucreです。

というわけで、スクレの町を散策するべく、同期仲間に各所案内してもらいました。

自由の家と呼ばれる、スペインからの独立宣言文の調印が行われた場所。


中には、シモン・ボリバル、スクレ将軍の肖像画が飾られたり、
歴代大統領の肖像画もあります。

また、シモン・ボリバルが、南米地域の独立運動を指導していた当時の
最初の旗も、展示されており、
貴重な博物館になっています。

そして、すごく素敵だったのは、
この建物の中に、現在使われている図書館(資料館)があり、
歴史を重ねた味わい深い本と、
コンピューターで仕事をする人とが、一緒の空間に収まっています。

昔の地図が展示されていたりして、とっても落ち着く興味深い空間でした。


スクレには、織物博物館があります。
ここには、ハルカ、タラブコといったスクレ近郊の村で
織られている伝統的な織物が展示・販売されています。

この博物館では、実際に村の女性が織っているところを
見ることができます。

ものすごく細かい作業の繰り返しで、
壁掛け一枚(50cm四方くらい)織るのにも、半年ほどかかるそうです。
この織物は見事で、模様の組み合わせなど、織り手の頭の中に図面が入っているそうで、
手本やマニュアルで覚えるのではなく、
経験の積み重ねで、見事に織り上げていくそうです。
今は、発色のいい化学染料で糸を染めることもあるそうですが、
昔ながらの自然の天然染料を使ったものは、独特の味わい深い色合いをしています。

これらは、買うとなると、結構いいお値段がしますが、
この作業をしている様子を見ると、それでも安すぎるのではないかと思えるほどです。

きちんと丁寧でいい仕事の上に生み出されてくる作品には、
それなりの対価でいいと、思いました。

次回は、ぜひ、タラブコやハルカの村へ行って、
直接村の様子を感じながら、作品を見たいなと思います。



さて、スクレといえば、いろんなものがあるのですが、
タカザウルスとして外せないのが、恐竜の足跡見学です。

町はずれのセメント工場の敷地内で、
土を掘っていたところ、壁面に残る足跡が発見されたというところ。

ここは、今は白亜紀公園と名づけられ、
各恐竜の実物大模型も見ることができます。

知る人ぞ知る、地元の恐竜公園を思い起こさせるような大きな恐竜がたくさんあり、
ちょっぴり懐かしい気分になりました。
(タカザウルスのキャラも、当時地元で恐竜公園ができたときに、友達と考えたんですよ。)

恐竜内部が滑り台になっていたり、アスレチックがあるわけではありませんが、
足跡の恐竜たちがいきていたら、このサイズなんだな~と、
昔のボリビアは、どんな植生だったのかな~
と、考えてみたりしました。



もうひとつ、スクレといえば、ボリビアの女の子からすぐ言われるのが、
チョコレートです。

ここには、有名な Para Te というチョコの本店があります。

そこで、チョコレートケーキを堪能しました。

甘いチョコレートケーキとくれば、
おいしいコーヒーが飲みたくなるのですが、
この店にある食べ物・飲み物はすべて、チョコ入り・・・・。
ということで、ものずご~く濃厚なケーキを食べ、後は、水を飲んでおりました。

スクレでは、友達のお薦めで、
ダンスのショーが見られるところへも行きました。
ボリビア中のいろんな踊りが見られ、最後には、みんなステージに上がって踊ることができます。
ダンスも衣装も本当に多様で、魅力的です。
どのダンスを習うかが、ものすごく迷います。

そして、スクレでも、スクレのビール、スクレーニャを堪能したのは、言うまでもありません。


スクレから、ラパスへは、夜行バスで12時間。
最近、バスのブスカマ(リクライニングできるゆったりの横3列シートのバス)にも、
なれてきた感じで、けっこうしっかり寝られます。

スクレをはじめ、今回出掛けたところはみな、いろんな見所たっぷりだし、
ステイ先のお父さんには、スクレでサルティーナを食べないなんて~
と言われたので、ぜひ、また行きたいな~
と思っています。

旅でであった旅人の皆さん、
(ウユニ~ポトシ~スクレと、同じように回っていて、何度もいろんな場所で会う人もいて、
最後には知り合いのようになっていました。)
再会できた同期の仲間たち、
各所で丁寧な案内をしてくれたガイドの人たち、
ホテルや街の人々、
一緒に旅行してくれた、いつもお世話になっている友達、
いろんな人との出会いや、
体験や、思いに、感謝!

ポトシ


ウユニの次に向かったのは、ポトシ。
ここは標高4070mにある、南米ではものすごく重要な都市の一つ。
世界文化遺産に選ばれた旧市街地が残り、
銀山セロ・リコが、ポトシを見下ろしている。

1545年原住民によって発見された銀をきっかけに、
ここポトシは、世界最大の銀鉱脈として注目される。
当時、支配していたスペイン人たちによって、
ここの銀は、各銀製品や銀コインに姿を変え、
世界中に広まっていった。


そのような、歴史上重要な地域だったポトシだが、
鉱山で実際に働く工夫たちの仕事は過酷を極めた。
スペイン人の支配下から解き放たれた今でも、仕事の過酷さは変わらない。

厳しい労働の中で、掘り起こされる資源。
現在、ここでは、錫の採掘がおこなわれ、ボリビア経済を支えている。


ここには、当時の有名な造幣局がある。
そこでは、とても特徴的な顔がお出迎えしてくれている。


Casa de la Moneda

中は、博物館になっていて、
いろんな銀貨や、その製造工程などを見学することができる。
しかも、丁寧にガイドさんがついて
解説をしてくれるので、ありがたい。

建物など当時のものなので、
どんな作業で、どんな環境だったのかと考えると、
世界の晴れ舞台で輝いていた銀・宝飾品、銀貨を支えていたのは、
この、南米の、ボリビアの先住民たちなんだなと、
あらためて、感慨深かった。

ちなみに、ここポトシでは、おいしいフォンデュ・デ・カルネを食べられると聞き、
しっかり味わいに行きました。
おいしい料理のお伴には、この土地のビールであるポトシーナ。
味については、仲間内でもいろんな評があるが、
1ℓビンで出てくるのはありがたい。

4000mの高地でもおいしく食べて飲んで過ごすことができる
自分の健康体を、本当にありがたく感じました。

ウユニ塩湖 その3

ウユニでは、いろんな自然の姿も見ることができます。


これは、標高4000m超えのところにある、強風によって自然に出来上がった岩
「Arbol de Piedra」その名も、石の木

ここは、周りに風を遮るようなものもなく、立っていても押されるほどの
ものすごい強風が吹いている場所でした。
ガイドさんの話によると、風向きの関係で、午後に、すごい強風になる場所らしいです。
今にも、倒れてくるんじゃないか・・・・。
と心配になるようなバランスで立っています。
この周りにも、風の影響で、
奇妙に穴がいたり、亀裂が広がったりしている岩がありました。

そして、形が不安定で、しかも強風の中、それらの岩に挑んでいる観光客もいました。
思いっきり記念写真を撮ってもらっていました。
(かなりのツワモノでないと登れない・・・。)


お次は、「Sol de Mañana」
その名も、朝の太陽

ここは、標高5000m近くにある、大地から蒸気が噴き出しているところです。
朝、寒い中行ったので余計に湯気の柱がはっきり見えました。
この写真は、大地の割れ目から
土というかお湯というか、まるで白いマグマのような感じで
ぼこぼこ湧いていることろです。
地面も触ると温かく、湯気は硫黄のにおいがしていました。

とても、温泉というレベルではなく、
入ったら溶けそう・・・・という感じ。

でも、そこから、少し行ったところに、ラグーナブランカ(白い湖)という、
いわゆる温泉がありました。
観光客の皆さんは、水着に着替えて入っている人も多かったです。
でも、周りが結構寒い!
ということで、
私たちは、その近くでお湯が湧き出ているところに、足湯状態で入ってあったまりました。
そこの温度は38度くらいで、ちょうどいい~。


塩湖の中には、Isla de Pescado という、
塩の海に泳ぐ魚のような形をした岩礁があります。
この島は、一面のサンゴの化石で覆われていて、
かつて海だったことを物語っています。
島の周りは、海岸線のようで、塩の波が打ち寄せたような跡があります。

ここには、サボテンがたくさん生えています。
乾燥した塩の大地に、ぎらぎら輝く日差しを受けて、
力強く、太陽に向かって伸びるサボテン。
そして、そこから顔を表し、凛と輝くサボテンの花。


ラパスにいるだけでは見ることのできないような風景をたくさん見て、
風を肌に感じて、
日差しをいっぱい受けてくることができました。

ボリビアは、広い!
そして、自然環境が豊か!
ということを感じ、
いずれは、ボリビアのアマゾン方向(ベニ県トリニダ)へも行ってみたいと思いました。
(ワニとか、ピラニアが食べられる地域です)



¡Viva Bolivia!

ウユニ塩湖 その2

ウユニツアー中は、いろんな動物にも出会えました。

まずは、標高4000m級の山に住む、ビクーニャ。


彼らは、普段、家族?仲間と一緒に行動をしていて、高地を駆け回っています。
この時は、水辺へ集まってきていました。
希少動物なので、決まった時期にしか狩ることはできません。
ビクーニャの毛は、アルパカの毛よりも、細くやわらかく、
セーターなどにすると、ものすごーい高級品へ。

木が一本も見えない高地で、彼らはどこに巣があるのか・・・。
ガイドさんの話によると、
「夜は、その辺で集まって寝ているよ。」

厳しい環境の中で、たくましく、かわいらしく生活しているビクーニャ。
(彼らの生態については、また、専門の隊員に聞いておきますね。)

お次は、チリフラミンゴ。

ラグーナコロラダ等の、赤い色をした湖に生息しています。
体の色がきれいなピンク色をしています。
これは、湖近くのホテルの従業員らしき女性に聞くと、
「湖で、食べている餌の小エビやミネラルのおかげで、ピンクになるんだよ。」
とのこと。

食べた物の色を反映するだけ、
体が美しい、ということかもしれないな~と、思いました。

人間も心を反映して瞳が輝くもの。
生き生きとした輝きを持ち続けたいものだと感じました。

ウユニ塩湖 その3に続く。

ウユニ塩湖 その1

夏休みを利用して、国内観光に行ってきました。

まず、思い浮かぶのがウユニ塩湖。

標高約3700Mのことろにある世界最大の塩湖です。
私と友人は、本当はオルロから列車でウユニ入りをしたかったんですが、
混んでいて乗れず、バスでウユニへ向かいました。(列車は次回!)

そこで、偶然、同じような日程でウユニツアーに来ていた同期仲間4人にも再会!
(みんな考えることは同じよね~)
一緒に朝食を食べ、情報交換をし、出発しました。

私たちは、一泊2日の塩湖に泊るツアーと、
ラグーナコロラダやラグーナベルデまで行く2泊3日のツアーをくっつけて、
3泊4日で行きました。

ウユニ塩湖は、一面真っ白!
ちょっと間違うと、一面の雪原に来ているのか?と、
雪国育ちの私は思ってしまうほど、白銀の世界!
でも、確実に、塩なんです。
少し降った雨の水たまりには、塩がまさに結晶化していく状態が見れ、
きらきら輝いています。
そこでは、こんなショットを!

「タカザウルス、ディノサウルスに追いかけられる」

今回のウユニツアーでは、
日本人と韓国人の旅行者さんたちと一緒になりました。
彼らの中には、世界一周の途中という人もおり、
どんな感じで回るのか、どんなチケットを取って計画しているのかなど、
いろいろ教えてもらいました。
中には、ツアー途中で、チリの国境へ抜けていくという人も。
みんな、気さくな明るい人たちで、
短い間でしたが、とても楽しい旅になりました。
これも、旅の楽しみでもありますね。

この旅、車であちこち回るのですが、
ここで大活躍なのが、トヨタのランクル。
道がないようなところや、塩の中、川の中、
埃だらけになりながらも、ぐんぐん走っていく。
他のツアーも同じようにランクル。
みんなが集まる観光ポイントにつけば、びっくりするくらいのランクルの数々・・・。
4000M級の高地でも、悪路や長時間走行にもびくともしない
日本車の性能の良さを、改めて実感しました。


久しぶりの旅に出て、元気いっぱい!充電満タン!
そんな気分を、パシャリ!

ウユニ塩湖 その2に続く。

ティワナク遺跡

ボリビアには、いろんな見所があります。
今回は、そんな中で、先日訪れたティワナク遺跡の紹介です。


この遺跡は、チチカカ湖方向にある、広さ4㎞四方にも及ぶものです。
紀元前200年頃から起こり、
最盛期は、600年~1000年くらい。
この遺跡は、400年~800年頃のものだろうと言われています。
巨石が積み上げられ、大きなモノリート(立像)があります。
スペイン人がやってきたとき、この遺跡の巨石を壊して運んで、
ティワナクの町や教会を建てたそうで、かなりの遺跡や巨石が失われてしまっています。
現在は、まだ、発掘途中のところもかなりあるように見受けられました。
標高3800Mの高地、近隣の山々の重要な場所を結んだ、
ちょうど三角形の中に、巨石が運ばれ、
昔の多くの神々を崇拝する宗教都市として、文化が築かれていったようです。
また、スピーカーのように声が近くで聞こえたり、
逆に拡声器の役割を果たす石、の穴があったり、
カレンダーのように文様が彫りこまれている門もあったりします。
冬至と夏至には、日の出がちょうどこの門と塔を一直線に結ぶそうで、
アイマラの正月に当たる6月21日には、初日の出の太陽を浴びて、力を授かろうと
多くの人々が集まり、踊りながら、日の出を待つそうです。
でも、この日は、一年で一番寒い日とも言われているそうです。
このように天文学的にも意味のある建造物を、
大昔の人たちが作り上げたということは、本当にすごいことだと感じます。
今の世の中以上に、
生きていくうえで、太陽や自然、環境の持つ意味や影響は大きく、
天体、自然と一体になった生活をしていたんだなと感じました。
ラパスからは、72kmと近いので、日帰りで行くことができます。
近いと聞いていたものの、6ヶ月経ってやっと行ってくることができました。
のちのインカ文明に影響を与えたと言われるこのティワナク遺跡。
遺跡に興味のある方は、ぜひ。

2010年8月25日水曜日

踊りの血


踊りの血

8月23日 学校が創立記念日を迎え、様々行事を行って、みんなで祝うそうです。


というわけで、最近は、どの学年もその行事に向けて、準備をしています。
中でも、クラスの代表が踊るダンスは、ボリビアの代表的な民族舞踊らしく、練習に熱がこもっています。

今回は、6年生と一緒に跳ねて跳んで元気いっぱいの「トバス」というダンスを練習しました。

狭い教室でも、元気いっぱいに動きをそろえようと何度も練習します。
動きの合図を出している子は、ものすごくしなやかに踊り、ほかの子もそれに続きます。
カウントの取り方や、ちょっとした動きが、もうすっかり立派なダンサー。

このリズム感やしなやかな動きは、一朝一夕にはできないだろうと思うけれども、そこがボリビアっ子。
きっと、脈々と受け継がれてきた血で踊っているんだろうなあ。

各学年いろいろな踊りをするけれども、1年生だって、ものすごく素敵に踊る子がいるもの。

創立記念で本番を見るのが、今から楽しみです。

その後、練習でくたくたの私に、筋肉痛が訪れたのは、


かなりの時間差があったのは言うまでもない・・・。くっ。

2010年8月16日月曜日

職員会議と午後の学校




職員会議と午後の学校

私の学校は、基本的に午前中の学校で、だいたい毎日、
朝8:30ごろから1時まで勤務している。
今日は、午後3時に先生方が集まっての職員会議だ。
学校で行われる行事や先生方の研修の話、
子どもたちの姿から評価について各クラスの先生方の意見などが話し合われた。
そして、私についても議題になっていた。今後の計画や授業への参加についての先生方のご意見を聞いたり今まで見てきた授業の感想を伝えたりした。
会議自体は、毎週あるわけではないが、定期的に行われているようで、熱心な話し合いが7時まで行われた。
午後の学校は、違う学校が運営されているため、
そこにいる子どもたちの制服も先生たちも異なり、校舎は同じ所なのに、雰囲気がまた違う。

会議や先生方の話しで、私に望まれていることが出されてきた。
① 私自身が授業をすることよりも、
 子どもたちや学校全体や先生方が、今まで以上によくなっていくために、改善点を見つけ、それを教 えよくしていく。
② 今の音楽の授業に対して、サポートしながら改善し、リコーダーを教える。
(今の音楽の授業は、日本と全く違い、大きな声で1,2回、国や国土、国旗関係の歌を歌ってから、それらの歌の歌詞をノートに写して書くことが中心)
③ 日本の学校との作品交換などを通して、子ども達同士の文化交流をしてほしい。
④ 日本の紹介も兼ねて、折り紙などを教えてほしい。
(実は、ボリビアでは折り紙が大人気で、いろんな本もあるし、折り紙教室もある。)

というような内容だった。

熱心に取り組んでいる先生方に対して、改善点をうまく伝えて理解を得ながら、よくしていくというのは、私の今のスペイン語力で伝えるのは非常に難しいが、
子どもたちの姿から気が付いていることは、たくさんあったので、
日本の学級や授業つくりの方法のよさを、
ボリビアの社会に合うように適応させながら、
自分がいる時間をかけて、少しずつよりよい学校にしていけるよう、
自分の力を尽くしたい!
と思いました。

行進に思うこと ~2回目の行進~




行進に思うこと~2回目の行進~

8月6日はボリビアの独立記念日。

ということで、5日は、高学年の子中心に、地域の全部の学校が参加する行進に行った。

子どもたちもきちんと制服を着て、
先生もスーツで決めて、
小太鼓の演奏やバトンなどもここ何日か毎日練習してきたものを
今発揮!とばかりにがんばっている。

働いてからまだ、僅かな日々の間に、行進が2回もあった。

みんなできちんと並んで胸を張って歩く。
先頭は学校の美しい旗を持ち、
みんなは手に国の小旗を持ち、国として独立した日を祝う。
国をたたえる歌(国歌以外)をうたう。

ちなみに国歌は毎週月曜日の朝集会でも歌うし、
その時、国旗の掲揚も行う。
自分たちの国に対する意識が、小さいころから自然に高まっていく。
ボリビアの人たちは、
国の記念日や自分の学校、様々なことに対する
誇りを胸に参加することを、とっても大切にしているように感じた。

日本で、愛国心ということが教育現場で盛り込まれるようになってきていたが、
国に対する意識の持たせ方が、
ほかの国とでは、断然違うように感じる。

どちらがいいということではなく、
国としての成り立ちや歴史を学び思い起こし、
先人の苦しみや志に思いをはせ、
今国として、その国民として生きている幸せを感じられることに
感謝するようなことが、
大切に感じた。

8月6日は、広島への原爆投下が起きた日。
9日には長崎、15日は終戦記念日。
日本にとっても忘れてはならない日がいくつもある。


今、食べるものも着るものも寝る所にも満たされている幸せ、
今、やりたいと思うことにチャレンジできる幸せ、
今、たくさんの支えてくれる家族や友人や、仲間、日々笑いあえる子どもたち、
多くの人に恵まれて一緒に生きている幸せ、
今、現実に生きている幸せ

今!に、日々、ちゃんと、感謝して生きていきたい。

そう感じた、行進の日でした。


初の授業


初の授業

今日は、初めてちゃんと授業をしました。


内容は、折り紙。
3年B組の先生から依頼されて、折り紙の紹介。
やっぱり折り紙って人気があるし、興味があるみたいです。
最初なので、簡単に日本の紹介をしつつ、
いろんな折り紙作品(鳥やカエル、風車やピアノ、新聞紙で作った兜や箱、帽子など)を紹介してから、本日折るものの紹介。


犬と猫とチューリップ

ということで、作る作品を紹介しつつ、日本の歌
「犬のおまわりさん」(猫も出てくる)
「さいた、さいた」
を、ジェスチャーいっぱいに歌いました。

折る作業はいたって簡単なものを選んだけど、
説明のスペイン語がすらすらは出てこず、
あらかじめ提示用に書いておいた説明もちょぴりつっかかり・・・。

簡単な単語だけで、実際に見えるようにして大きな紙で折る。

担任の先生が、一緒にやりながら、私の言葉のないところを
言ってくれたおかげで、無事完成。
ふう~~~~。

最初に作ったチューリップを
子どもたちにノートに張ってもらい、
茎や葉を書いてもらった。

次は、犬。
同じように作って、できた犬の顔に、表情を書き、
ノートに張って、胴体部分を工夫して書いてもらう。
折り紙と、絵と組み合わせてみる。
とっても楽しそうに、そして、端をしっかり合わせて折ってくれたので、
どれもみな素敵な感じに仕上がっていた。

時間の都合で、今日は2作品のみ。
もっと、もっとと、休憩時間もにこにこしながら集まってきたり、
作っておいたぴょんぴょんカエルで遊んだり、
帽子をかぶったり。

好評につき、来週も行うことになりました。

本来行うべき、体育と音楽も楽しんでくれるといいなあ。

ちなみに、
折り紙をあちこちの店で探してみたけど見つけられず、
画用紙のような紙を切って使っているようだったので、大きめの紙を切って準備。

今回利用した紙は、メモ帳として売られていたもの。

ちょっと小さめだったけど、正方形で
ノートに張るようなサイズにちょうどよく、
作るものも簡単だったので何とか無事できました。
担任の先生が少し、折り紙を持っていたので、
どこに売っていたか聞いておかなきゃ~。

そして、スペイン語だ~。
ちゃんと説明できるように、もっと練習だ~。

2010年8月5日木曜日

祭りだ!祭りだ!



祭りだ!祭りだ!

7月30日(土)昼間から夜までずーっと町中が盛り上がっている。


大通りを歩行者天国状態で、いろいろなダンスチームが参加して踊りまくっている。

松本ぼんぼん、びんづる、りんごん、どんしゃん・・・地域のお祭りが思い出されるが、

衣装の派手さが半端なくすごい!

衣装によって地域の伝統の踊りだったり、

踊り方がさまざまあるようで、

ただ目立てばいいという感じでもないようだ。

バンド演奏も一緒に行列を作っていたり、ペアで踊るチームがあったりで、様々。

ラパスという高所で、演奏(特にチューバなど)や踊りを続けるというのは、


よほど心肺機能が強くないとできないわ!と、感心してみていました。


来年は、出場したい!という秘かな野望が湧いてきたタカザウルスでした。

ステイ先の仲間


スティ先の仲間

一緒に生活しているスティ先の仲間のうち2人が、
7月末で続けてアメリカ合衆国に帰国することになった。


彼女たちも自分の休みを利用して、ボリビアに滞在していたので、

いよいよ帰国することになった。

一緒に夕食を取るのが最後になり、ちょっぴりさみしい気持ちになった。

「今の気持ちは?」

と聞くと、彼女は、

「うれしいのと、悲しいのとどちらも行ったり来たり。」

2年後の自分は、どうかなあ。

今できることをしっかり積み重ねた先に、


確かにあるだろうその日に向かって、


今を、がんばろうと思いました。

2010年7月30日金曜日

子どもたちとの出会い


子どもたちとの出会い

 今日からいよいよ授業が始まりました。


 最初なので、一週間はいろんなクラスの様子を見て勉強したり、

先生たちに学校のことなどを教えてもらったりする予定です。

 子どもたちみんなも久しぶりの学校だからか、最初は全校集会で校長先生のお話を聞きます。

 その時、私のことが紹介され、みんなの前であいさつをしました。(もちろんたどたどしいながらもスペイン語で。)


 教室に移動するときに、子どもたちがみんなあいさつをしてくれたり、話しかけてくれたりで、

やっぱり子どもと一緒に活動できることのうれしさを感じました。
 
 はじめは、3年生と体育です。
 空気が冷えている校舎の日蔭で動くので、走ったり体を温めるような運動やストレッチを組み合わせたり。

私も、先生と一緒に動きの見本をやって走り回りました。

 そのあと、いろんな学年の教室を見て回りました。
 
 休み時間に、4年生の女の子が誘ってくれて、一緒に中庭で遊びました。
 運ていやブランコ、鉄棒やシーソーで、みんな元気に遊んでいます。運ていにぶら下がったり、鉄棒に登ったり、自分のできることをいろいろ披露してくれます。

 今まで学校に来てくれていたボランティアのことを知っているかを聞いてきたり、

ご飯や歌や折り紙のことを聞いてきたり、いろいろ質問してくれる子どもたち。

 すごくうれしい!

・・・けれど、まだ十分に聞き取れたり応えられなかったりするので、それが悔しい一日でした。

 子どもたちと一緒にスペイン語を勉強!します。

ラパスで日本を感じた日


ラパスで日本を感じた日


 今日は、仲間からの紹介もあって、ラパス日本人会主催の運動会に参加しました。

 いつも生活しているところよりは、少し南の標高がちょっぴり低い地域にある、

運動公園のような所で、

酸欠と闘いながら久しぶりに走ったり、跳ねたりしました。

 ボリビアには、日本から移り住んでいる移民の方々やそのご子息、二世、三世の方々などがたくさんいらっしゃいます。

研修していたサンタクルスには、一つの村のような規模でボリビアに根付いて生活されているところもあります。

 ラパスにも何家族も日系の方が生活をしていて、今日は、ボリビア・ラパスにいながら、

日本の運動会です。

 短距離走、スプーン競争、風船割り、つなひき、玉入れ(子ども限定)、パン食い競争などなど、


おなじみの種目があり、青空のもと、大盛り上がりでした。

 使っている道具は、こちらで用意できるものを工夫されていて、そのアイデアにすごく刺激されました。
 走ったり跳ねたりするのはあまり活躍できませんでしたが、

やはり風船割り!と

豆つかみ競争では、

見事入賞!できました。

 つなひきでは、残念ながら力及ばず・・・。(まだ、本調子ではないのか)

 でも、いつも、運動会といえば運営する方だったので、

久しぶりに自分が出場して、芝生の上で走ったり、お弁当を食べたりできて、

懐かしいような気分爽快の一日でした。

 日本人会の皆さん、誘っていただき、楽しませて頂き、ありがとうございました。

 いろんな人とみんなで盛り上がったから、なお、楽しかったんだと思います。

 参加していたすべての人に感謝。

チャリティー活動


チャリティー活動


 今日7月21日は、スティ先の仲間がボランティア活動をしている、子ども病院のためのチャリティーファッションショーに、スティ仲間とママとの5人で、行きました。


 ファッションショーでは、紳士服やウェデングドレス、子ども用のパーティードレス、コートなどが披露され

その収益や、会場の入場料、会場内で販売している寄付チケットなどから、

子どもたちの病院へ寄付がされるという感じでした。

会場には、その病院の子どもたちも来ていて、スティ仲間の2人も彼らと一緒に話をしたり、写真を撮ったり。

 司会をしていた人も、ボリビアのテレビで見たことのある人で、ホテルの大広間全体も華やかな感じですごく盛り上がっていました。

 ファッションショーの後は、バンドの演奏、地域のダンスなど、内容も盛りだくさん。

 盛大に寄付を集める集め方が、日本と違うような感じで、興味深いものでした。


 何より、一番おもしろかったのは、チケットに「夜7時開始」と書いてあるのに、実際に始まったのは、夜9時過ぎ。

 私のスティ先の人は、時間にきちんとしていて、10分前にはみんなで会場入りしていたのに、

その時は、お客さんもまばらで、会場も準備中・・・。

 「何時に始まるの?」

と、会場の人に聞くと、

「まあ、だいたい8時ごろかな。」

そこで、軽く食べたり飲んだりおしゃべりしたりして待つこと2時間。

なんと時間がゆったり流れていることか。

日本なら、10分遅れても、すぐ遅れている理由説明を求められたり、怒り出したりする人が出そうだけど、まったくそんな気配なし。

 一応、仕事関係で出会う人や学校は、時間もきちんとしている感じだけど、パーティーとか催しもの関係は、ゆるそうだ。

 でも、こういった感覚は、大きく見れば国での違いはあるようだけど、


実際は、人それぞれで違うのだということも分かった。

 私のスティ先の仲間はみな、時間を守り大切にしていながら、待つことも楽しんでいる。

 このような何事も楽しむ気持ちは、大切にしたいな。

2010年7月28日水曜日

寒さ


寒さ

週末ラパスは、結構冷え込んでいた。

でも、幸いにも、私は長野県育ちで、県内でも有数の冬の寒さの厳しい川上村勤務の経験があるので、何とか大丈夫。

でも、冷たい雨が降り、息がうっすらと白くなる感じはありました。

すると、翌月曜日の朝。

 「寒いので、水曜日まで学校はお休みです。」

 確かに、学校には暖房設備は何もなく、冷えるんだろうなあと理解できたが、結構直射日光が当たっているときは、暑いくらいなので、びっくり!

 でも、今回の寒さで、雪が降った様子が、日本のNHKでも放送されていたということを後で知り、それもびっくり!

 私としては、寒さより乾燥していることが大変に感じていたけど、
乾燥していることもあってか、日蔭は冷え冷えしている状態なのが、子どもたちにとっては大変なのだ。
 そんなわけで、急に学校が休みになったので、学校への行き方の練習などをして過ごしました。

 家よりかなり急な坂を上へ上へと上がるので、行きはミニブス(バンのような乗用車のバス)を使い、
帰りは家まで1時間以上かけて急坂をゆっくり下って帰る。

「ここで、転んだら、20mぐらいノンストップで転がり落ちるかも・・・。」

と思うような所を、注意を払って、ゆっくり歩いたり、周りの店や人々の様子を見て歩いたり。

最近、地図で見た道を歩いて確かめることが、結構好きかもって、自分で少し自覚してきています。

歩いて坂の具合を確かめたり、道の名前(道にはいろんな名前が付いているので結構わかりやすい)を確認したり。

少し運動を兼ねて、可能な限り歩くのはいいなって思っています。

ちなみに、水曜日の夜、翌日からの学校について校長先生に問い合わせると・・・。

「今週いっぱいお休み!授業は来週の月曜日からよ。」

ビバ ボリビア!

2010年7月19日月曜日

初仕事!ラパス県の日



初仕事!ラパス県の日

ちょうど、ラパスは県政201年目スタートのときで、町中お祝いムードでした。

何と、私の初仕事は、そのお祝いのパレードに、学校の5,6年生と先生方と一緒に参加すること。

地域の学校が一堂に集まって、ラパスの旗を手に町を行進します。
楽団で演奏しながらの学校もあり、沿道にもたくさんの人だかりで、とても賑わっています。
先生に聞くと、毎年参加しとても大切なものだそうで、みんなスーツや制服でばっちり決めています。

夜、ステイ先のテレビで見ると、町中のあちこちでいろんな人たちがカッコよく正装して行進したり、口々にラパスのお祝いを言ったりしている様子が映し出されていました。

着いてすぐ、ちょうどここに参加できたこと、とってもいい記念になりました。

私の故郷長野には長野県の日って祝日はなかったけど、ふるさとを大切にする気持ちを学んだ日でした。

仕事・・・。大丈夫かな・・・。



仕事・・・。

初めて自分の働くことになる学校にあいさつに行きました。


緊張して、あいさつがしどろもどろ・・・。



学校の場所はと言うと、これがまた、すごい坂の上のほう。
バスの乗り換えとか降りる場所が間違えずに行かれるか不安に。

でも、熱心で優しい校長先生と、アットホームでいながらこれまた熱心な先生方と、きらきらした瞳を輝かせた子どもたちが、そこにはいました。

よ~し!がんばるぞ~!

と、思いを強くしたのもつかの間、先生方が会議で話している内容は???
仕事の語彙となると自分の単語力のなさを痛感しました。

大丈夫かな???

・・・・・・いや無理だなあ・・・。ということで、勉強だ!

とりあえず、月曜日から音楽と体育の授業を担当することになりました。
でも、しばらくは、子どもや先生方に様子やスペイン語を教えてもらいながら自分にできることを少しでも出して何とかしていく日々。
酸素不足と闘いながら、歌や運動をがんばるぞ~!

ボリビアの家族



ボリビアの家族

ホームステイの生活が始まりました。
ボリビアで生活する家族は、すごくあったかくて優しいママとパパ。息子と娘の4人家族。
さらに、楽しいことに、同じ家に私以外にもステイしているアメリカ人の女性が3人!
8人での生活です。

基本はスペイン語なんだけど、時々英語が飛び交い、物の名前など日本では何というのかを聞かれたりして、小さな国際交流が行われています。

やっぱり、スペイン語がもっとできれば!と思うことがたくさん。
ということで、ただ生活すれば言語が身に着くということでなく、自分で勉強を続けようと思うのでありました。

2010年7月18日日曜日

ラパス到着




ラパス到着!

ボリビアの首都であるラパスに着きました!



すり鉢のようになった斜面に、びっしりとレンガ色の家が立ち、すり鉢の底には、東京のような近代的なビルが立ち並ぶ、見たこともないような風景が広がっていました。
しかも、坂が半端なく急で、どこにも平らな道がない!



そして、さすが標高3700m!空気が薄い!と感じるのは、体調をくずす仲間が多かったから。私も少し眠気に襲われたり息苦しさを感じたりしたけど、高山病がひどくならずに何とかなりました。
南米!という感じを一番感じる町と言われているだけあって、町には民族衣装を着て歩いているアンデス民族の人がたくさんいます。



これからここで生活するのかと思うと、わくわくしてきました。
どんな人々に出会うのか・・・。自分は何ができるのか・・・。
いろんなことを見つめなおしつつ、今存在していることを感謝して、一歩ずつ踏みしめて行きたいと思います。